トウカ:32歳。無職。頭はいいが不器用な性格。ダイキは弟。
ダイキ:大学3年生。アルバイトとインターンシップで大忙し。トウカは姉。
人の悩みは考え方ひとつで解決できる
自宅のベランダでトウカが物思いにふけっていると、弟のダイキが大きな足音を立てて向かってきた。
いつもは落ち着いた雰囲気のダイキだが、めいっぱいのため息をついてトウカの横に腰を下ろした。
インターン先の社員でいちいち嫌味を言ってくるやつがいるんだよ。
僕のやり方が気に入らないみたいでさ。
正しいのは僕の方なんだし、明日も同じ調子だったら人事部の人に言ってやろうと思ってさ!
すこし落ち着いてみろ。
そいつはお前だけにそういう態度を取るのか?
嫌味を言われるのは僕ぐらいだけど、他のインターンや社員に対しても挨拶を返さなかったりしてるかな。
そいつのせいで普段気にならないことも気に障るから疲れちゃってさ。
お前の心情は分からないが、日常のストレスの大半は人間関係から生じるものだ。
自分が不快に感じることすべてに反応していたら身が持たないぞ。
そうは言っても反応してしまうのはしょうがないよ。
まさか心を無にしろって言う気じゃないよね。
ムダな反応をしなければいいだけだ。
心のムダな反応を無くせば、反応により生じる感情も生まれない。
感情が生まれなければそれに伴う悩みも生じない。
心を無にするんじゃなくて、無駄な反応をやめるってこと?
そうだな。
草薙龍瞬さんの著書
「反応しない練習」で心のムダな反応を止める考え方が紹介されている。
用事までしばらく時間があるから、興味があるなら教えてやる。
なんか不思議な表紙だね。
うーん、少しでも悩みがなくなれば嬉しいかな。
お願いするよ!
著者である草薙龍瞬さんについて
まずは著者の草薙龍瞬さんについて紹介をしよう。
草薙さんは中学を中退後に東大法学部へ進学し、僧侶となった異色の経歴を持った方だ。
出家後はミャンマーやタイ、インドなどの活動を経て、現在は日本で宗派に属さずに
仏教の「本質」を伝える活動をしている。
すごい経歴の人だね。
そんな本質を求める人だからこそ、さまざまな教えや逸話を現代に合わせた解釈で読み解けたのだろう。
本書では、古代インドの賢者であり、目覚めた人と呼ばれる
ブッダが残した教えを中心に書かれている。
ブッダか。
聞いたことはあるけど、なんだか内容がお堅そうだね。
宗教的なイメージがあるとそうかもしれないな。
だが実際にブッダが深く関わった原始仏教では、宗教的な教えとは異なる
実用的で、合理的な、現代にも使える考え方が多く存在するんだ。
つまり、人間の悩みの原因はブッダがいた2500年以上前から変わっていないということだな。
漫然とした悩みに対する合理的な対処法
著者やブッダのことは分かったよ。
でもさ、さっきから言ってるムダは反応っていうのがいまいち分かってないんだよね。
例えば、将来を考えたときに漠然とした不安を感じてしまう。
また、上司や同僚と意見が合わなくてイライラしてしまう。
前者は心を憂鬱にさせる反応で、後者は怒りを生む反応だな。
どちらもよくある悩みだね。
そうだな。
ブッダの考え方ではこれらはムダな反応だ。
……ひどくない?
まぁ待て。
ここで言いたいのは、どれも漫然とした悩みを感じているということだ。
ブッダは悩みや問題の解決について、
生きることには”苦しみ”が伴う。
苦しみには”原因”がある。
苦しみは”取り除くことができる”。
苦しみを取り除く”方法”がある。
と、4つのシンプルな手順にまとめている。
苦しんでいる状態から次に進むには、悩みの原因を知る必要がある。
原因が分かればあとは取り除く方法だけだ。
その原因を知るのが難しいんじゃない?
この場合の原因というのは、外因ではなく自分の内面のことだ。
本書によると、苦しみは求める心からもたらされる。
いわゆる欲求というものだな。
この欲求がエネルギーとなり、心の反応を引き起こし続けるんだ。
自分の欲求から悩みが生まれている?
そういうことだ。
他人の言動や自分の現状に満足できず、
漠然とした不安や苛立ちを感じてしまう。
ただただ欲求を真に受けて反応してしまうと、変化を求めて常に動き続けることになる。
欲求に対抗するにはどうすればいいの?
欲求に真っ向勝負で勝てる人間なんてほとんどいない。
悩みを感じたら、これは欲求によるものだろうな、と客観的に自分を見ればいい。
そうすると、人間は欲求に抗えないんだからしょうがない、と良い意味で諦めがつくだろう。
なんか力が抜ける理論だなぁ。
でも、なんとなく気が楽になるかも。
人間の悩みはかみ砕いてみればそんなものだ。
外因による悩みの場合、自分でできることは限られている。
それよりも、合理的でクールな考え方によって悩みを理解しようと心がければ、ムダな反応に振り回されることも減るだろう。
本書では、様々な場面で活用できる合理的な考え方が紹介されている。
また、悩みの正体が分かりやすく表現されていて、きっと納得のいくかたちで理解できるだろう。
承認欲求こそが悩みの種
悩みの対処法は分かったけど、そもそも予防的な方法はないの?
そうだな。
まず、悩みを生む欲求のなかでいちばんタチが悪いのが承認欲だ。
その承認欲がもたらす人の行動が判断だな。
え、判断するのが良くないってこと?
本書で取り上げる判断は、
自分の方が正しい
どうせ失敗する
彼の方が恵まれている
といった決め付けや思い込みのことを指している。
安易な判断はしょせんわかったフリにすぎない。
しかし、それによって気持ちよさや安心が得られてしまうから、人間は判断に夢中になってしまう。
たしかに、判断することで承認欲が満たされるのは理解できるよ。
でも安心感が得られるならいいことじゃないの?
それだけであればな。
例えば、お前が同僚に非常に効率がいい仕事のやりかたを教えたとする。
だが、同僚はいつまでたってもそれを実践しようとせず、自分の仕事のやりかたに固執している。
お前はどう思う?
せっかく教えてあげたのにダメなやつだね。
でも、諦めずにまた教えてあげるかな。
それが判断なんだ。
効率のいい方法を教えるのは良いことだ。
しかし、それに従うべきだと思うことは自分の判断に執着してしまっている。
この後に起こることは容易に想像できる。
あらためて教えても同僚は実践せず、それを見たお前は激昂するか同僚に失望して見限るか、いずれにしろ双方が苦しむことになる。
判断は人間関係において毒となってしまうんだ。
じゃあこの場合はどうすればいいの?
自分が正しいと思うのをやめたらいい。
親切心などという押しつけがましい思考が毒となる。
ブッダがものごとを考えていた基準は、真実であり、有益であることだ。
「一般的に考えて正しいことで、なおかつ自分に役に立つ」場合に動けばいい。
冷めた考え方な気がするけど、判断が毒っていうのはたしかにそうかもね。
自分は正しいじゃなくて自分に役に立つ、か。
自分が正しいという気持ちに執着しなければ、
人は人だし自分は自分だ、と冷静な視点で観察できるだろう。
本書では、つい反応してしまわないための考え方や、判断による悩みから解放される方法なども紹介されている。
確かな自分を持って、帰ってくる場所を作る
ここまで心のムダな反応の対処と予防を教えたが、これらを実践し続けるのは難しいだろう。
だが、それは長い人生の中ではしょうがないことだ。
そのため本書では、
正しい心に「戻る」。何度でもという言葉を挙げている。
どういう意味?
自分の中に基準や考え方など、
正しい心がけを置いておくんだ。
どうしても心が反応して悩みや不安、虚しさに襲われる日はかならず来るはずだ。
そのときは目を閉じて一息つき、その正しい心がけに戻ればいい。何度でもだ。
自分が戻る場所を作っておく、か。
いままで特に意識せず生きてきたのだから、いきなりムダな反応をやめるのは無理だろう。
だが自分の理想とする考え方を根底に置いて、心のよりどころを作っておけば迷ったときも安心だ。
たしかにそうだね。
本書では、悩みの原因となるムダな反応や猛毒となる良し悪しの判断の他に、
- 心の上手なリセットの仕方
- 本物の自信の付け方
- 困った相手との関わり方
- 他人の目から自由になる考え方
- 正しい競争の仕方
- 人生における最高の納得の仕方
など、実践的で合理的なブッダのクールな教えが数多く紹介されている。
また、心の反応によって起きた実例もいくつか紹介されており、自分の状況に照らし合わせるヒントにもなるだろう。
全部実践することができたら、大抵の悩みは楽になるかもね。
なかなか難しそうだけど、心の反応に振り回されないようにがんばってみるよ!
ところで、姉ちゃんのこの後の用事ってなに?
自慢好きの連中と定期的な交流会があるんだ。
いつも気付くとそいつら同士でマウントを取り合っていて、激昂していく様を見るのが好きでな。
毎回メンバーが入れ替わってしまうが、私は欠かさず参加している。
そっか、楽しんでね……。

